りょうさんの:エクステリア&ガーデンメモ

 

「りょうさんの:ほぼ毎日、エクステリア&ガーデンメモ」・・・NO1,769

 

「+αの植栽大研究 編」・・・沙羅双樹とシャラの関係?

前項の、シャラ、ヒメシャラの記述に対して「ヒメシャラは暑さに弱く、関西では庭木に使うのが難しい。シャラは大丈夫だと思う」と言う指摘がありました。もし、ヒメシャラをシンボルツリーにと言った計画をお持ちの方は、一度植木屋さんに相談して下さい。

この項では、シャラ、ヒメシャラの続編として、その名前に関するエピソードについて・・・ 結論から言うと、シャラ(沙羅)、ヒメシャラ(姫沙羅)は仏教との関連により付けられた名称です。今から約2,500年前、お釈迦様は悟りを開き、主にインド北部でその布教活動を行っていました。その活動の場で最も有名なところの1つに、コーサラ国の首都シュラーヴァスティー(舎衛城)の祇園精舎(富豪:スダッタが寄付したと言われている)があります。そして、平家物語や、京都の祇園のベースとなっているのがこの祇園精舎です。

さらにお釈迦様は旅をしながら布教を続けます。そして、80歳で入滅しますが、その最後の舞台となったのがクシナガラと言う場所。その舞台の四方に8本の木が植わっていましたが、これが沙羅双樹。涅槃図等にも良く描かれています。最も、沙羅双樹(Shorea robsta)とは現地名(学名も同じ)の音訳で、漢字自体に意味はありません。同樹はフタバガキ科の植物で、レッドラワンに近い樹種。花にはジャスミンに近い香りがあるそうです。余談ですが、エクステリアとは関係の深いハードウッド・セランガンバツも同科の樹木。ただし、日本のシャラ、ヒメシャラとはまったく無関係の植物です。

では、なぜナツツバキをシャラと呼ぶようになったのでしょうか? 確かなことは、本物の沙羅双樹は熱帯の樹木で日本では育たない。そこで代替樹として、選ばれたと言うこと。何故代替樹にナツツバキを選んだかは、筆者が調べた限りでは不明です。しかし、同樹が沙羅双樹の代替樹となったのは少なくとも800年以上前であることは明確です。その証拠が平家物語にあるからです。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色」と言う冒頭文はあまりにも有名ですが、問題はこの「沙羅双樹の花の色」に出てくる樹木です。勿論、あのインドの祇園精舎、沙羅双樹を引用しているわけですが、人の世のはかなさを象徴する役目も果たしていると言われています。具体的には沙羅双樹の花は1日で落下し、極めて短命であるというイメージを重ねたもの。そして、1日花とは紛れも無くシャラ(ナツツバキ)のことです。つまり、平家物語の作者は、フタバガキ科の沙羅双樹ではなく、シャラをイメージしてこの文章を書いたと言うこと。

シンボルツリーの話から随分脱線しましたが、仏教関係or同系の代替樹でどうしても取り上げる必要がある樹木が他にも有ります。無優樹と菩提樹です。両樹については次項で・・・

そこで本日のひと口アドバイス。

「沙羅双樹とシャラは赤の他人! でも平家物語の沙羅双樹はシャラ!」

(りょう)

 

 

 

 

 

 

 

沙羅双樹(フタバガキ科)

 

 

 

 

 

 

 

 

レッドラワン(沙羅双樹と同属)

 

 

 

 

 

 

現在の祇園精舎

 

 

 

 

 

鶴林寺(加古川市)の沙羅双樹(シャラ)