GARDEN ARTでお花見♪

明日からの雨続きの予報にスタッフ一同、工事が遅れる~。

あそこのお客様は?こっちは?お天気に左右されてしまうため、思い通りに工事の予定が進まず、申し訳ございません

従業員一同、心をこめて、できる限りのことを精一杯やっていきます。

決して手抜きはしたくありませんので、ご理解いただきたく思います。

春ですね~。 お花見した~い!! 皆様お花見しましたか?

日本は桜の国ですね。車を走らせるとあちこちに桜~桜~テンションあがります↑↑↑

GARDEN ARTの事務所からも桜が見えますよ。

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桜の名前の付いた花苗も入荷しています。シルバーリーフがおしゃれです。

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ムシカリ満開です。アジサイみたい!いい香りがするんですよ。

春っていいですね~!!

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ぜひご来店して見てください。お待ちしています。

GARDEN ART 山川

みずきりょう の:エクステリア&ガーデンメモ

 

「りょうさんの:ほぼ毎日、エクステリア&ガーデンメモ」・・・NO2,194

 

「日本庭園と日本外構 編」・・・長浜観光の拠点「慶雲館」とは?

引き続き小川治兵衛の作品を紹介します。この項で取り上げるのは「慶雲館」。

「慶雲館」は滋賀県長浜市港町にある明治時代に作られた建築物と庭園。そして、全国的にも有名な「盆梅展」(1月~3月に毎年開催)の会場にもなっており、長浜観光の拠点でもあります。

「慶雲館」は1887年(明治20年)に明治天皇の行幸在所として、実業家・浅見又蔵(1839~1900年。太湖汽船社長、銀行頭取などを歴任。晩年は赤十字活動にも尽力)により造られました。従って、天皇の来訪に間に合わせるため突貫工事が行われたと言ったエピソードも伝わっています。また、浅見氏の別邸という目的外に、長浜市の迎賓館としても使われ、現在に至っています。ただし、庭園が造られたのは1912年(明治45年)で、2代目又蔵時代。作庭者は7代・小川治兵衛。

「慶雲館庭園」は表門~中門に至る部分の前庭、中門~本館玄関へと広がる本庭(奥庭)の2つに分かれ、各建造物を結んでいます。池・水路・園路等で構成される池泉回遊式庭園で、その意味では小川治兵衛の他の作品と同様。しかし、中門近くには巨大な灯篭が配され、水路・園路周辺にも巨石が多数設置されています。このような構成は、7代・植治作品では珍しく、施主である浅見氏等の意向がかなり反映されていたのかもしれません。部分的には荒々しさがあるものの、全体的には極めてバランスの良い構成になっている。このような評価が一般的ですが、筆者には珍しくアンバランスさを感じさせる作品であるように思えます。ただし、見方によっては、それが「慶雲館庭園」の魅力ともいえます。

そこで本日の一口アドバイス。

「小川治兵衛が造った慶雲館庭園。でもどこかアンバランス。それが魅力・欠陥?」

(りょう)

280:盆梅展

 

 

 

長浜盆梅展

 

280:入口付近

 

 

 

 

 

入口付近

 

280:座敷

 

 

 

 

 

広間

 

280:慶雲館

 

 

 

 

 

慶雲館主屋

 

280:庭園全景

 

 

 

 

 

庭園全景

 

280:燈篭

 

 

 

 

 

巨大灯篭

 

280:水路と石組

 

 

 

 

 

 

 

巨石が目立つ構成

 

280:雪吊

 

 

 

 

 

冬景色(雪吊)

セッパンカーポート

セッパンカーポートの施工を

させていただきました。

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カーポートの種類も 多々ありますが

ご自分で いろいろ調べられたそうで

ご来店のときには

ほぼ お心はこちらのものに決まっていたようです。

広いお庭に設置したので

写真では 大きさがわかりにくいですね。

S様 ありがとうございました。

(*^_^*)

みずきりょう の:エクステリア&ガーデンメモ

 

「りょうさんの:ほぼ毎日、エクステリア&ガーデンメモ」・・・NO2,193

 

「日本庭園と日本外構 編」・・・「円山公園」と言う庶民のための空間!

この項では、少し変わった小川治兵衛作品を紹介します。それは、京都の「円山公園」。

「円山公園」は京都市東山区にある公園で、江戸時代は八坂神社や安養寺の境内の一部でした。しかし、明治の廃仏毀釈(仏教寺院の優遇を廃止する政策)により同地を没収。1886年(明治19年)にそこに総面積約9万㎡の公園造り、1887年には京都市に移管され、現在のような都市公園になったもの。ただし、当初は武田吾一(明治生まれの建築家。1872〜1938年)の設計により造られ、人工鉱泉療養所や貸席などがある歓楽的要素の強い物でした。しかし、火災で焼失。現在の「円山公園」は1912年(大正元年)に再建されたものです。

明治期、あるいは再建当初の公園がどのようなものであったか、一般的な資料で正確に知ることは困難です。ただし、再建した公園は現在に近い物であったと推定されます。なぜなら、この段階で小川治兵衛が設計・制作に携わり日本庭園も造られたからです。従って、大正時代以降の「円山公園」は多くの人が集まり、散策を楽しむ近・現代的な公園の形態が引き継がれてきたと推定されます。現在のような桜の名所となったのも、大正期と考えて良いでしょう。

また、「円山公園」は知恩院・八坂神社・大谷祖廟・祇園など、京都を代表する観光地とも隣接しています。このため、既に紹介した「平安神宮」と共に、京都観光の一大拠点にもなっています。恐らく、京都を訪れた人であれば殆どが「円山公園」「八坂神社」「知恩院」等を知っているのではないでしょうか?

「円山公園」の庭園は、前述のごとく7代・小川治兵衛の作品として知られています。西側に池を配し東側に水路が伸びた池泉回遊式。また、東山を借景としている点などを考慮すると、いかにも彼らしい作品と言えるかもしれません。しかし、多くの人が集まる公園内の庭園で、富裕層がゆったりとした時間を過ごすための空間とは少し状況が異なります。また、同公園の枝垂桜(シダレザクラ)はあまりにも有名ですが、現在のものは3代目となります。

そこで本日の一口アドバイス。

「小川治兵衛には珍しい大衆空間。それが円山公園の日本庭園!」

(りょう)

279:武田五一

 

 

 

 

 

 

 

武田吾一(明治生まれの建築家)

 

279:周辺案内図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「円山公園」とその周辺案内図

 

279:庭園

 

 

 

 

 

西側にある池と橋

 

279:坂本&中岡

 

 

 

 

 

 

 

銅像:坂本龍馬と中岡慎太郎

 

279:銅像周辺

 

 

 

 

 

 

 

銅像周辺の景観

 

279:東屋周辺

 

 

 

 

 

休憩所とその周辺

 

279:池

 

 

 

 

 

庭園内の池

 

279:枝垂桜

 

 

 

 

 

枝垂桜

りょうさんの:エクステリア&ガーデンメモ

 

「りょうさんの:ほぼ毎日、エクステリア&ガーデンメモ」・・・NO2,192

 

「日本庭園と日本外構 編」・・・西園寺公望の別邸「清風荘」!

小川治兵衛の作品。この項では「清風荘」を取り上げます。

「清風荘」とは、西園寺公望(1849〜1940年。元公家。伊藤博文総理時代に、文部大臣・外務大臣等を歴任)の別邸として造られた建造物で、現在は京都大学の所有となっています。その元は江戸時代に作られた徳大寺家の下屋敷「清風館」。現「清風荘」は1910年に着工され1912年に完成しました。ただし、主屋西側の「離れ」は1914年の完成で、明治時代終盤〜大正時代初期の作品となります。建物の設計は二代目・八木勘兵衛、庭園は七代・小川治兵衛の作品としても知られ、文化財としても高い評価を受けています。在地は京都市左京区田中。

「清風荘」の敷地は、東が狭く西が広いと言う台形で、その中に、主屋・離れ・正門・土蔵・納屋・詰所・付属屋・茶室・供待・第一中門・第二中門・袴付及び待合などの建物が配され、これらを池泉回遊式の庭園でつないでいます(清風荘配置図参照)。そして、建物は明治・大正期の数寄屋風、庭園は近代的日本庭園の代表作としても高い評価を受けています。また前述のごとく、京都大学の所有で管理保護状況も極めて良好なうえ、各種研究も進み、その価値をより高いものにしています。日本の文化財は、保存に不備があるもの、保存が良くても研究に不備があるものが多く、このような現状から比較すると「清風荘」は文化財保護のモデルと言えるかも知れません。

庭園は前述のごとく、池・水路を中心とし、水が大きな役割を果たす池泉回遊式。また、池の形、他の部分との面積バランスが非常に良く、小川治兵衛イムズをそこに感じ取ることが出来ます。ただし、あまりにもオーソドックスすぎると言った感もあります。

北西~南西方向に伸びた三日月形の池には、北東部に中島、南西部に橋が配され、回遊時に各所で優れた景観を楽しむことが出来ます。また、茶室にセットされた露地も見逃すことが出来ない魅力を持っています。

そこで本日の一口アドバイス。

保護状況・研究度も含め最良の文化財・清風荘。勿論、小川治兵衛イムズも・・・」

(りょう)

278:西園寺公望

 

 

 

 

 

 

 

西園寺公望

 

278:中門

 

 

 

 

 

中門

 

278:清風荘配置図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

配置図:①主屋(しゅおく)②離れ③茶室④供待(ともまち)⑤袖付お呼び待合⑥正門⑦第一中門⑧第二中門⑨土蔵⑩納屋⑪付属屋

278:清風荘

 

 

 

 

 

主屋(左)と離れ(右)

 

278:池と中島

 

 

 

 

 

池と中島(池の北東部を望む)

 

278:池と橋

 

 

 

 

 

池と橋(池の南西部)

 

278:築山山頂より

 

 

 

 

 

築山山頂よりの全景(北東方向~南西方向を望む)

 

278:露地

 

 

 

 

 

露地

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